メシアンの移調の限られた旋法とは、フランスの現代音楽の作曲家オリヴィエ・メシアン(Olivier-Eugène-Prosper-Charles Messiaen)が提唱した理論です。この理論についての知見をまとめました。
目次 index
移調の限られた旋法を用いた作曲技法
「移調の限られた旋法を用いた作曲技法」とは、フランスの作曲家オリヴィエ・メシアンによって提唱された作曲技法です。「わが音楽語法」という絶版本に載っています。彼の「移調の限られた旋法」や「逆行不可能なリズム」からメシアン流の旋律や和音に関する技法を知ることが出来ます。この理論を知る前に和声法、対位法、フーガ、カノンといった作曲の基礎分野ができていれば多くのものが得られます。
移調が限られるとは
例えば、Cメジャーを半音上にするとC#メジャーとなり、同じ事を繰り返せば12回の移調が可能です。しかし、それらの12種類のスケールに移調できないスケールがあります。
それがホールトーンスケールやコンディミネーションオブディミニッシュといったシンメトリー(インターバルが左右対称)なスケールです。これらは移調しても構成音が全く同じなため、移調したとは言えないのです。
ホールトーンは実質2種類しかないため移調できる回数が限られます。メシアンはこれらの移調の回数が限られたスケールを移調の限られた旋法と呼びました。このような特殊な音階で作られた曲は長調・短調とは異なる雰囲気を持ちます。
移調の限られた旋法 7種類
メシアンが「移調の限られた旋法」として分類したのは以下のスケールで、第1番から第7番まであります。
全部で7つありますが、メシアンは2と3の旋法を特に愛用しました。4つめ以降の旋法は使用頻度が低くなります。
・第1番「ホールトーンスケール」
ホールトーンスケールはドビュッシーがインドネシア・ジャワ島の音楽を聴いて思いついたのが始まりだと言われています。本格的にホールトーンを使い始めたのはドビュッシーが最初です。移調回数は2回で、スケールも2種類しかありません。ドミナントのコードスケールとして○7(9,#11,♭13)で使えるコードスケールとして扱われますが、クラシックや劇伴音楽では1曲通してホールトーンスケールが使われることもあります。例えばドビュッシー前奏曲の「帆(Voiles)」がホールトーンを用いた楽曲の例です。
・第2番「コンビネーションオブディミニッシュスケール」
2番目はコンビネーションオブディミニッシュスケールです。ポピュラーの世界で○7(♭9,#9,#11,13)で使えるドミナント系のスケールです。移調は3回までできます。スクリャービンは意識してこのスケールを使いました。彼の「見知らぬもの」という作品はコンディミスケールを明確に意識した楽曲です。短3度ごとにメジャートライアド、マイナートライアドを作り出すことが可能で、二つ以上のキーの存在感を醸し出すことができます。
・第3番「メシアン発案の旋法」
オーギュメントコードの各コードトーンから全音→半音→半音という音程構成を持つメシアン発案のスケールです。移調限度は4回です。長3度ごとにメジャーとマイナートライアドを作ることが出来るので2つ以上のキーを感じさせることができます。アレクサンドル・チェレプニンという作曲家の「チェレプニンの9音音階」はメシアン発案の旋法を第3音から展開したものと一致します。
・第4番「半音半音短3度半音という音程構成が2つ集まった旋法」
こちらの移調限度は6回です。
・第5番「半音→長3度→半音という音程構成が2つ集まって出来ている旋法」
移調限度は6回です。
・第6番「全音→全音→半音→半音という音程構成が2つ集まってできた旋法」
移調限度は6回です。
第7番「半音→半音→半音→全音→半音という音程構成が2つ集まってできた旋法」
移調限度は6回です。
4から7までの旋法はオクターブ内に増4度で構成される2つの対照的な音程関係をつくることで出来ています。増4度内の音程関係が異なるだけで、基本的に同じ旋法となります(移調限度が全部6回)。オクターブを構成する12半音を割って余りが出ない数で音程構成を作り、スケールを作り出します。6より大きい数字で12を割って余りが出ないのは12しかなく、6半音=増4度が最小の組み合わせとなります。
実際の使い方
第1番のホールトーンはクラシック・ポピュラーともに使用例が多いです。特徴は調性音楽から遠い響きを持っていることです。ホールトーンは完全5度を持たないため、augコードが基本です。カデンツも調性もないのでコードネームにとらわれず自由にコードを組み立てられます。5度は必ずオーグメントになるので、augを使いたくない場合は5度を抜いた和音にします。同時に鳴る音は4,5種類までで、6種類の音を同時に使うと不協和感が強く出ます。カデンツがない=コードに機能を持たないため、コードネームにあまり意味はありません。十二音技法と同じようにハーモニー以外のところで創意工夫をします。
第2番のコンディミスケールは、半音→全音の組み合わせであり、同時に半音+全音=短3度の組み合わせです。4つの短3度が集まって構成されているのがコンディミスケールです。短3度が集まってできているため、4つのメジャーとマイナートライアドが隠れており、シンメトリックなスケールです。これを利用して同時に4つのキーに所属しているかのような曲を作ることができます。さらに、擬似的な調性の曲やあえてディミニッシュコードを並べることによる無調的な曲も作れます。スケール上に多くの種類のコードが作れるので短3度関係にあるキーの間をいったりきたりするような楽曲を容易に作れるのが特徴です。
第3番は第1番や第2番と比べて移調の限られた旋法の真骨頂ともいえるスケールで、長調や短調を感じさせる使い方も可能です。9音音階なので9種類のメジャーコードを作ることができます。1つ1つをキーの主和音と見ることで、同時に9つのメジャーキーをこの旋法から見いだすことができます。全音半音半音の長3度が基本音程です。長3度は半音4個で、4×3の12半音です。オクターブ12半音を3つの長3度で分割しています。あるコードや音程関係が存在した場合、それと全く同じものが長3度おきに2つあるのが最大の特徴です。
複数のキーへの可能性を持つスケールでの作曲では、明確に調性を出す部分とあやふやなままにしておく部分をきっちり分けて作るとうまくいきます。色々なキーへ可能性があるということは、極めて短い間に何度も頻繁に転調をしていると考えてもいいかもしれません。9種類のメジャーキーと6種類のマイナーキーの可能性を持つのが特徴です。
第4番〜第7番は6回も転調ができるので限られた旋法というコンセプトからは外れ、メシアン自身も用いることはありませんでした。1~3はそれぞれホールトーン、コンディミ、チェレプニン音階など別名称がありますが、第4番以降は名前を持ちません。使い方は増4度の左右対称スケールが共通しているので2つのキーの可能性を持ちます。作れるコードは少ないです。第4番以降は調性と結びつけて考えるよりも、十二音技法のように無調的な使い方をする場合が多いです。調性と結びつける場合は第2番、第3番を使った方がいいでしょう。
移調の限られた旋法の移調・転調
旋法の転調や移調はいつでも自由に変える事が出来ます。第2から第3など、いつでも自由に旋法を変えられます。同じ旋法を使い続けるよりも、異なる種類の旋法を組み合わせることで色彩的に豊かな楽曲にすることができます。また多旋法性といい、2つの旋法を同時に使用したりもできます。3つの旋法の同時使用は半音の加減が難しいものの(音がにごる)、2つよりも更に豊かな色彩的響きを得ることが出来ます。
参考・出典
・「作曲基礎理論 〜専門学校のカリキュラムに基づいて〜」井原 恒平 (Amazon)
・「わが音楽語法」 オリヴィエ・メシアン (著), 平尾 貴四男 (翻訳) 教育出版 (1954)
・移調の限られた旋法(Wikipedia)