今回はアッパーストラクチャートライアド(UST)として知られる概念についての知識をまとめます。アッパーストラクチャートライアド(UST)は主にフュージョンのジャンルで使われるテクニックですが、ジャンルに縛られることなく幅広い分野に登場するおしゃれなコードとして使えます。
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アッパーストラクチャートライアド(UST)とは
USTに似た概念に分数コード(オンコード)があります。分数コードは「和音/ルート(単音)」という仕組みでした。今回扱うUSTは「和音/和音」という仕組みです。
構成の仕方は、分母に基本となるコード、分子にテンションを含む3和音を配置します。アッパーストラクチャートライアドという名前の通り、元となるコードの上に更に「3和音(トライアド)」を配置します。CやCmなどの3和音で構成されるトライアドコードが多いですが、sus4やCm(-5)なども使われます。鍵盤では右手も左手もコードを押さえる形となります。
基本コードを押さえる左手で4和音を弾くことも可能ですが、音が多すぎてサウンドが濁る可能性があるので、最低限必要な音だけを押さえます。
最低限必要な音とは、ルートとメジャーとマイナーを決める3度と7度の音です。ルートはベースに任せ、5度の音は省略できるので、最低限3度と7度の音があればコードが成り立ちます。
右手で弾く分子のコードはテンションを含む3和音で、転回しても構いません。
アッパーストラクチャートライアドは上下に二つの異なるコードを積み重ねることで、二つのコードが同時に鳴っている感覚を作り出します。聴覚的な分離とある種の浮遊感を得ることができるのが特徴です。テンションコードはあくまで一つの音を鳴らしている訳ですが、USTはまたひと味違う豊かな響きと明確な分離感を併せ持っています。
より厳密なUSTの定義
日本のポピュラー理論ではアッパーストラクチャートライアド(UST:Upper Structure Triad)という名称で知られており、コードの上にコード(分母と分子に違うコード)が載っているのであれば何でもUSTと考えます。しかし、ジャズ理論家のマーク・レヴィンは著書「ジャズ・ピアノブック」で、USTは3全音(トライトーン)上に形成されるトライアドであると定義しています。ジャズの分野ですと3全音(トライトーン)上のトライアドに限定してUSTを使うことで定義が厳密になっています。
上部は必ず3和音(トライアド)で
アッパーストラクチャートライアド(UST)との名前の通り、上部は必ず3和音(トライアド)で組み合わせます。3和音でも基本となるメジャートライアド・マイナートライアドになります。USTも他のコードと同様にそのコードに使えるテンションやアボイドノートなどを把握してから組み合わせます。
実際の楽曲では、厳密にはUSTではなくなるものの、下の3全音を弾かずに根音とアッパーストラクチャーだけを惹くことでテンションを持つ響きをスマートに響かせる場合があります。こうすることでちょっと濁った響きを持つオルタードテンションをクリアに響かせられます。逆にマイナートライアドを使うと暗い濁った響きが強くなります。
■上に来るトライアドの例
根音をディグリーのIとすると、上部に来るトライアドは
ナチュラルテンションのUSTはVm,VIm、
メジャートライアドのUSTはII,♭III、♭V、♭VI、VI、
マイナートライアドのUSTはIm,♭IIm、♭IIIm、#IVm
となります。
分子に使用可能なコード
分子に使用可能なコードは3和音であれば何でも良いのかというとそうではなく、アボイドを除くスケール内の音です。テンションとアボイド、スケールを考慮して組み立てていきます。
例えば基本となる分母がメジャーセブンス(○M7)の場合はアイオニアンとリディアンが使えます。
仮にルートをCとして、アイオニアンスケールの基本コードとテンションを考えます。アヴォイド以外のスケール音を一覧で出したら、テンションのレ(9th)、ラ(13th)のどちらか(または両方)を含んで3和音をつくります。AmやGなどが考えられます。Emはテンションを含んでいないのであまり効果的ではありません。
リディアンスケールを使う時も同様で、基本コードとテンションを書き出し、テンションを含む3和音を採用します。
USTの利点としてシンプル表記でテンションなどの数字が入らないのでコードを押さえやすくなり、テンションコードの響きを簡単に出すことが出来るところにあります。USTを使う場合は、テンションコードの響きやスケールの感覚をだせるかどうかがポイントです。
基本となるコードが○m7の場合は使えるスケールがドリアン、フリジアン、エオリアン、ドリアン♭2なので、同様に基本コードトーンとテンションを書き出してみます。
多くのコードスケールを当てはめることが出来るセブンスコード(○7)も同様です。
要約すると、USTの分子に使えるコードはスケール内の音でテンションを含みアボイドを含まない3和音のコードということになります。
USTのコード進行について
USTのコード進行は、分母の基本コードを元に作っていきます。(分子のコードはテンションといった装飾という意味合いが強い)。分子のコードはメロディとスケールという縦の関係、分母は調やスケールという横の関係で見ていきます。
活用例として、分子のコードやトップ音を一定にしてペダルポイントが成り立つコード進行を作ったりします。
クリシェや並行和音を使ってもいいでしょう。
分子のコードはアヴォイドを避ければ使えるので前後の流れを考えながらいろいろな規則性を自分で作ってみて当てはめてみましょう。分子のコードにテンションを含ませることを忘れずに。
メロディも同様で、USTのスケールに従って調整していきます。分子のコード>分母のコード>スケールの優先順で音を合わせていきましょう。分子のコードの構成音だけでメロディを作るイメージでもOKです。その場合メロディに分子のコードが合わせる場合はメロディの核となる音を含む分子コードを使います。
USTのコードスケールを求める場合、USTをテンション表記のコードネームに一旦戻します。A/G7であれば、G7(9,#11,13)という感じにします。そのあとはドミナントコードのコードスケールと同じになります。ポイントは、分子のコードにとらわれるのではなく一つのコードに戻してから考えます。
曲の中でUSTを使うのは独特のテンション感やスケール感を求める時なので、テンションっぽい響きが欲しい箇所で使うとより効果的です。実質的にテンションコードと同じで、テンションコードの表記がよりシンプルになったのがUSTと言えます。
自由なUSTと非機能USTについて
規則に当てはまらない自由なUSTもあります。スケールを自由に飛び出したり、コード構成音以外のスケールを使ったり、なんでもありな状態になります。USTのコード構成音だけが基準で、コード構成音以外の音はスケールを気にせずに自由になんでも使います。ここまでくるとオリジナルスケールといった感じです。アヴォイドとか関係なくアヴォイドを含むコードやスケール外の音で構成されるコードなどです。「A/CM7」や「B/CM7」などがこれにあたり、ただ音の響きや感性、好みで決めていくやり方です。フレーズも自由でコード構成音を基本とするものの、自由にメロディを振り分けたりします。
自由すぎるので理論的に構築できるようになってから、どうしてもこの響きが使いたい、というときに使います。ジャズなどの即興やアドリブなどで見ることができます。
USTのボイシングについて
USTのボイシングは基本的にクローズボイシングのみです。USTは二つのブロックの塊の響きが大事なので、オープンボイシングにして幅広くとってしまうと良さが失われてしまうのです。USTの良さを出したいのなら、クローズボイシングである必要があります。
展開についてですが、USTではアッパーもロウアーの全3音も自由に転回することが出来ます。
注意するべき点は3全音(トライトーン)を近くに続けて使わないこと、かぶった3全音はなるべくトップに置くこと、もしくはかぶった3全音を抜いてしまうことです。ただでさえ強い不協和の響きを持つ3全音を考慮してのことです。
ボイシングで同じコードでも響きは変わりますが、#11thや#9thなどオルタード色の強いテンションをトップに持って行くと濁った感じになり、メジャートライアドの第3音(メジャーかマイナーかを決定づける音)をトップに持って行くと明るく聞こえたり、どのボイシングによって響きがどう変わるのかを意識して可能性を探究していくことが重要です。
USTの裏コードについて
USTは基本的にテンションコードと同じと考えます。すべてのUSTはテンション表記のコードネームに読み替える事が出来ます。A/G7であればG7(9,#11,13)のように。ドミナントコードに裏コードがあるのと同様に、USTにも裏コードが存在します。すべてのUSTは根音をそのまま減5度に当たる音に変えるだけで裏コードになります。テンションやコードトーンもすべて減5度ズラします。
裏コードは同じ全3音を持っているので、単にアッパーストラクチャートライアドのテンションとコードトーンの役割を持つ音が変更されるだけで、音自体はそのまま使えます。ドミナントセブンスコードとテンションの組み合わせだと、どのコードスケールが使えるのかをきっちりと復習する必要があります。
また、全3音を用いないUSTでは、sus4の時のような特殊なUSTならではのコードスケールの選択もできます(ドミナントsus4に用いるフリジアンやドリアン♭2など)。コードがsus4でなくても、コードスケールにUSTの音があれば使えます。
USTの実践
USTはフュージョンでよく使われますが、ジャンルを問わず使えます。ジャズでもポップスでもダイアトニックのシンプルな響きから脱却するために使われ、特にポップスなどではオルタードコードを使うとジャジーに聞こえすぎてしまう場合、ジャズっぽく聞こえないような響きを求めてUSTを使う場合が多いです。
まとめると、USTは単にコードトーンとテンションを組み合わせてトライアドを作ったものなので、これまで通りテンションコードと考えていけば良いのです。
USTはまるで2つのコードが鳴っているかのような浮遊感と分離感にあるので、そこの響を追求していきましょう。上のコードを入れ替えたり、アッパーストラクチャーの部分を回転させたり、連続して使って音を駆け上げさせたり、苦手意識を克服していろんな使い方を試してみましょう。
参考・出典
・Upper structure (Wikipedia)
・「作曲基礎理論 〜専門学校のカリキュラムに基づいて〜」 井原恒平 著 (Amazon)
・「マークレヴィン ザジャズピアノブック」 Mark Levine (著), 愛川 篤人 (監修), 佐藤 研司 (監修), 愛川 由香 (翻訳) エー・ティ・エヌ; 菊倍版 (2006/3/7) (Amazon)